Dec 02, 2010

健康維持を目的に通うスポーツクラブ

体を動かすことは健康を維持する秘訣といえます。スポーツをしたいが、何をすべきか分からない場合があります。スポーツクラブに入会すると、筋力トレーニングをはじめとする健康増進に関することを教えてください。レッスンもありますので、参加することができます。スポーツクラブは、新たな仲間がいることもあります。
サッカー中継を見ると、サッカーのユニフォームを着ているサポーターがたくさんある。実際に試合会場に行っていなくても、サッカーのユニフォームを着てTVの前で応援している人もたくさんいる。そんなサッカーユニフォームだが、正式なものになるとかなりの価格です。海外に行けば偽物もかなり多く販売されています。本物も偽物も両方好きなチームの好きな選手のユニホームを着て応援するのは非常に良いことだと思います。
 京都府大山崎町大山崎の障害者授産施設「町地域活動支援センターやまびこ」の利用者が作るオレンジクッキーが好評だ。柔らかい食感と生地に載せた甘酸っぱいジャムが人気で、昨夏までの期間限定販売の予定だったが、今も生産を続けている。
 クッキーは60グラム(12〜13枚)の1パックを200円で販売。需要が減る夏場でも食べやすいクッキーを作ろうと、昨年5月に考案した。ジャムは、利用者の保護者がオレンジの皮をむき、8時間煮詰めた手作り。生地は小麦粉の量を従来品より減らし、柔らかくした。
 当初はジャムを使い切る8月末で販売を終える予定だったが、固い物が苦手なお年寄りにも好評で注文が相次ぎ、保護者も積極的にジャムの追加生産に励んだ。その結果、秋以降も販売を続けることになり、これまで約500パックが売れた。
 予想外の人気に、クッキー作りを企画する「やまびこ」の本宮久子指導員は「ひょっとしたら定番のクッキーになるかもしれません」と期待を寄せている。

 障害者雇用に積極的な横浜市内の企業、事業所を表彰するハマライゼーション企業グランプリの本年度の表彰企業に、エム物流横浜大黒センター(鶴見区大黒ふ頭)が選ばれ、表彰式が18日、同市役所で行われた。障害者の雇用促進へ、モデル企業としてこれまでの取り組みをたたえた。

 ハマライゼーション企業は、「ヨコハマ・ノーマライゼーション企業」の略称で、グランプリは今回で4回目。障害者を雇用し、働きやすい職場環境づくりへの努力や工夫を行っている企業、事業所を表彰、その取り組みを市のホームページで紹介している。エム物流横浜大黒センターは2004年から障害者雇用を始め、現在、8人が物流に関連した作業を担っている。1人も退職者が出ていないという。

 表彰式には、同社に勤める障害のある従業員3人と現場責任者が参加。取締役関東事業部部長の安田浩さんは「彼らは仕事を楽しみ、しかも利益に貢献している。ほかの社員の刺激になっている」と、日ごろの仕事ぶりを紹介。

 懇談の中で、3人は「周囲の人々のおかげでいろいろな仕事を覚えることができた」「仕事が楽しい、ずっと勤めていきたい」「周りに優しくされ、ここまで勤められてきた」などと話した。林市長は「周囲への感謝の気持ちがとてもすてき。皆さん、表情が生き生きしている。私たちに勇気を与えてくれる」と応えていた。

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 中電工の100%出資子会社「あぐりこるWEST」のイチゴ観光農園が15日、浜田市金城町七条にオープンした。障害者を含む雇用や販路拡大、観光振興が期待されている。
 ハウスは2棟合わせて25・2アール。腰の高さほどに養液栽培ベッドが計56並ぶ。イチゴの「紅ほっぺ」や「章姫(あきひめ)」を植え付けている。
 中電工は農業分野へ参入のため昨年7月に同社を設立。最初の事業として、地元の「KKN」が経営する「きんた農園ベリーネ」を共同運営することにした。ベリーネの隣接地に浜田市から土地2・7ヘクタールを借り、イチゴのほかブドウ栽培などを予定。一括して「ベリーネ」として事業をする。記念式で中電工の細田順弘(まさひろ)社長は「地域社会に少しでも貢献したい」と話した。
 イチゴ狩りは5月まで。1〜3月の料金は、30分食べ放題で大人1500円。予約制(0855・42・2515)。【大西康裕】

1月16日朝刊

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 ◇「亡き妻たちに恥じない生き方を」
 阪神大震災で、母(当時51歳)と妻(同26歳)、長女(同2歳)を亡くした神戸市の男性(40)が昨年12月、尼崎市で障害者が働く飲食店を開いた。約18年勤めたコンサルタント会社を辞め、娘と同じ年ごろの子どものために働きたいと保育園の園長に転身。そこで障害児と出会い、福祉の道へかじを切った。現在はNPO法人事務局長として、障害者の賃金を増やし自立につなげようと奔走する。男性は「妻たちに恥ずかしくない生き方をしたい」と歩みを進める。【大沢瑞季】
 母は、神戸・三宮のクラブ経営者として働きながら、女手一つで自分を育ててくれた。大人になってからも、母と腕を組んで街を歩いた。男性が恥ずかしくて振り払っても「お母ちゃんの息子や」と、意に介さなかった。「準備を怠らなければ、必ず物事は成功する」という母の教えは、胸に刻まれている。
 22歳の時、2歳年上の妻と仕事で知り合い、約3カ月で結婚。いつも「あなたはうまくいく」と励ましてくれた。結婚から約1年後、長女が生まれた。
 95年1月17日、男性は出張のため、午前3時半に家を出た。いつものように革靴を磨いてくれた妻に、「行ってくるぞ」と声を掛けたのが最後だった。
 8階建てマンションの2階にあった部屋は、押しつぶされていた。2日後、がれきの下から遺体が見つかった。着ていたパジャマで分かった妻の遺体を、毛布でくるんだ。
 「今が一番つらいと決めつけず、自分の人生をまっとうしよう」。男性は、そう心に決め、前を向こうと考えた。
 2カ月後、希望して妻の出身地である名古屋市へ異動した。毎日3時間の睡眠で、コンサルタントとして、数々の飲食店や商業施設のオープンを手掛けた。「人が集まる街を作りたい」。震災後、一時活気を失った神戸の街を思い出していた。
 その後、東京に異動してからも仕事は順調だった。一方で「娘と同じ年ごろの子のために、できることはないか」と考えるようになった。そんな時、コンサルタントとしての経験を買われ、神戸市の私立保育園の園長に誘われた。そこで障害児と出会って障害者の居場所作りに関心を持ち、尼崎市のNPO「サニーサイド」へ転職した。
 開店したのは阪急園田駅近くにある飲食店「えるうぃご当地グルメ集合場所」。月替わりで日本各地の名物料理を提供する。身体や知的、精神に障害を持つ10人が、仕込みから調理、接客までこなす。男性は毎日店をのぞき、障害者が笑顔で働く姿を見守っている。
 「(震災で亡くなった)3人が、福祉へ導いてくれた。いつ死を迎えても後悔しないように、毎日を生きたい」と語る。
〔阪神版〕

1月16日朝刊

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